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岡山地方裁判所 昭和59年(ワ)671号 判決 1985年8月27日

原告

松本貞賢

被告

川上琢也

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して一二三万七六〇〇円及び内金一一三万七六〇〇円に対する昭和五八年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告川上琢也は、原告に対し、二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年二月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の一・二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して一三一七万九〇五一円及び内金一一九八万九〇五一円に対する昭和五八年二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の事故によつて受傷した。

(一) 発生日時 昭和五八年二月一五日午前五時四五分頃

(二) 発生地 岡山県船橋町七番一号先市道

(三) 車両 甲車 普通乗用自動車

運転者 被告川上琢也

乙車 足踏自転車

運転者 原告

(四) 事故の態様 道路左端を進行していた乙車に後方からきた甲車が衝突

(五) 原告の受傷 骨盤骨折など

2  責任

(一) 被告川上琢也(以下「被告琢也」という。)

同被告は酩酊したうえ制限速度を違反して甲車を運転したため、運転上の注意義務を怠つた過失がある。

(二) 被告川上忠昭(以下「被告忠昭」という。)

同被告は甲車を所有して、被告琢也をして同車を運行の用に供していた。

(三) したがつて、被告琢也は民法七〇九条により、被告忠昭は自賠法三条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療及び後遺症

原告は本件事故当時満七五歳であつたが、右事故による受傷のため、岡山市立市民病院に事故当日(昭和五八年二月一五日)から同年五月三日までの七八日間入院し、さらに同年五月四日から同年一〇月二七日まで通院した。

原告は右事故による受傷の結果、昭和五八年一〇月二七日にその症状が固定したと診断され、これによる後遺障害の程度は自賠法上八級に相当する。なお、自賠責保険による後遺症の等級は一二級と認定された。

(二) 治療関係費 三三万五四〇〇円

(1) 入院雑費 六万二四〇〇円

右入院期間中一日八〇〇円の割合

(2) 入院付添費 二七万三〇〇〇円

右入院期間中一日当たり三五〇〇円の割合

(三) 休業損害 一九〇万六五五〇円

原告は本件事故当時廃品回収や著述を業とし、その月収は二二万四三〇〇円を下らない。

原告は本件事故による受傷の結果、右入通院した二五五日間に亘り休業を余儀なく強いられた。

したがつて、原告の休業損害は一九〇万六五五〇円である。

(四) 逸失利益 三三五万七五〇一円

原告は前記のとおり八級に相当する後遺障害が残り、これによる労働能力喪失割合は三五%で、その喪失期間は四年である。またその中間利息控除はホフマン係数三・五六四である。

したがつて、原告の逸失利益の現価は次式のとおり、三三五万七五〇一円(円未満切捨て)である。

二二四、三〇〇×一二×三・五六四×〇・三五=三、三五七、五〇一

(五) 慰藉料 六七〇万〇〇〇〇円

内訳 入通院分 一二〇万円

後遺症分 五五〇万円

(六) 物損 七万五〇〇〇円

原告は本件事故により自転車と着衣に損傷を受け、その損害は七万五〇〇〇円である。

(七) 弁護士費用 一一九万〇〇〇〇円

4  損害の填補(三八万五四〇〇円)

5  よつて、原告は、被告らに対し、連帯して、本件損害賠償金として既に支払を受けた分を控除した一三一七万九〇五一円及びこれから弁護士費用を除いた一一九八万九〇五一円に対する本件事故の翌日である昭和五八年二月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の事実につき

(一)の事実のうち、本件事故時の原告の年齢は知らず、その後遺障害の程度が八級であることは争うが、その余の点は認める。なお原告の通院実日数は二六日である。

(二)以下の損害の点はいずれも争う。

第三証拠

本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

請求原因2の各事実は当事者間に争いがない。

したがつて、被告琢也は民法七〇九条により、また被告忠昭は自賠法三条により、連帯して本件事故によつて原告の身体を害されたことによつて生じた人的損害を賠償する責任があり、さらに被告琢也は本件事故によつて原告に生じた物的損害についても賠償する責任がある。

しかしながら、原告の被告忠昭に対する右物的損害の請求は、その責任を自賠法に求めているが、同法三条から明らかなとおり、これによる損害は生命身体に対するものに限られるので、その請求は理由がない。

三  損害

1  治療及び後遺症

当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証、原告本人尋問の結果を併せれば、以下の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、<1> 原告は明治四一年一〇月生れで、本件事故当時満七四歳であつたが、右事故によつて骨盤骨折(右座骨)、右下腿挫創、頭・右上腕打撲の傷害を受け、岡山市立市民病院に事故当日である昭和五八年二月一五日から同年五月三日までの七八日間入院し、その後同年一〇月二七日まで通院した(通院実日数は二六日)。<2> 原告の右受傷による症状は同年一〇月二七日に固定したと診断を受けたが、その後遺症としては、他覚的所見上著変は認められないが、自覚症状としては頭痛、右上腕痛、右座骨部痛が残り、これによつて原告は現在日常生活に不便を感じ、雨の日に頭痛も感じている。

ところで、原告は、その本人尋問で、本件事故による受傷で入院していた頃から、事故前にはなかつた難聴が生じたと供述し、これも本件事故による後遺症であると主張する。なるほど、成立に争いのない甲第四号証によれば、原告には現在両側感音性難聴があることは認められるが、同号証によるとその原因は不明とされており、また原告が事故時に満七四歳という高齢であつたことからすれば、他にこの難聴が本件事故によつて生じた後遺症であると積極的に裏付けるに足りる証拠が本件にない以上、原告主張の離聴が本件事故と相当因果関係のある後遺症とは認め難いところである。

2  治療関係費 一二万三〇〇〇円

(一)  入院雑費 七万八〇〇〇円

原告が前記認定した七八日間の入院期間中、原告本人尋問の結果や前認定した原告の受傷の内容程度を勘案すると、その雑費として一日につき一〇〇〇円を要したものと認めるのが相当である

(二)  入院付添費 四万五〇〇〇円

原告が本件事故による傷害の治療を受けた際高齢であつたこと、及びその受傷の内容程度を併せれば、原告には前記入院期間中付添が必要であつたものと認められ、そして成立に争いのない乙第一号証、原告本人尋問の結果によれば、現に原告はその入院した期間のうち一五日間妻の付添を受けたことが認められる。

このことからすると、原告は付添費として、入院期間のうち現に近親者の付添を受けた一五日間につき、一日当り三〇〇〇円の割合による合計四万五〇〇〇円の損害を受けたものと認めるのが相当である。

3  休業損害及び逸失利益の有無

(一)  原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和五三年まで写真屋を経営していたが、それを息子に譲り、それ以降現在に至るまで妻と二人で生活しているが、その生活費は写真屋を譲つた際に得た金と年金で賄つていることが認められる。

(二)  ところで、原告は、本件事故当時著述と廃品回収を業として収入を得ていたと主張するが、なるほど成立に争いのない甲第一〇号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は右事故当時速記法に関する自己の考えを原稿にし、これを出版しようと考えていたことは認められるけれども、その出版の具体的な目処はいまだなかつたものであり、かつこれによる収益も将来の問題に過ぎないものであつたから、事故当時原告がこれによる収入を得ていたとは認められず、また前認定した後遺症の内容程度では、これによつて右の出版が妨げられるとも認め難いものである。さらに原告本人尋問の結果によれば、事故当時原告が廃品回収をしていたとは言えなくもないが、前認定した原告の年齢、生活状態や原告本人尋問の結果によつて認められるその作業内容程度からすると、廃品回収を業としていたとも、それによる収入が定期的にあつたとも認め難く、この点の収入に関する原告本人尋問の結果は俄に措信し難い。

したがつて、原告の右主張は、他にこれに関する具体的な収入を認めるに足りる証拠も本件にないので、理由がない。

(三)  以上認定説示したことからすれば、原告が本件事故による受傷の結果、これによつて収入の喪失ないし減少をきたしたものとは認められないので、原告主張の休業損害及び逸失利益の点は、その前提を欠くので理由がない。

4  慰藉料 一四〇万〇〇〇〇円

本件事故による原告の後遺障害の程度は、前認定した内容からすると、心因的要素の強いものであり、それは自賠法上の等級としてはせいぜい一四級程度のものであり、原告主張の八級とは認められず、また自賠責保険で認定している一二級も高きに失するものである。

このことに、前記認定の原告の受傷内容、症状及び治療経過に、成立に争いのない甲第七号証ないし第九号証によつて認められる本件事故の態様及び過失内容(仮眠状態で乗用自動車を運転し、同一方向に先行する足踏自転車に衝突したもの)、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告が受けた精神的苦痛に対する入通院及び後遺障害の慰藉料としては一四〇万円が相当である。

5  物損 二万五〇〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、本件事故により原告所有の足踏自転車が大破し、また右受傷による手術のために着ていたジヤンパーを切裂かれたこと、この自転車やジヤンパーはいずれも新品のものではないことが認められる。

このことに、弁論の全趣旨を併せれば、本件事故時の右自転車とジヤンパーの価格は、原告本人の供述するようなもの(自転車が五万円、ジヤンパーが三万円)であるとは認め難く、その三分の一程度と見るのが相当であるから、本件事故による原告の物的損害額は二万五〇〇〇円と認められる。

6  以上のとおりであるから、原告の本件事故による損害の合計は一五四万八〇〇〇円(人的損害が一五二万三〇〇〇円、物的損害が二万五〇〇〇円)である。

四  賠償額について

1  損害の填補

請求原因4の損害の填補(三八万五四〇〇円)の点は、原告において自認するところであり、特段の主張もないので、これは人的な損害の填補に充てられたと認めるのが相当であるから、これを前記三で認定した人的な損害額から控除すれば、原告が被告らに対して請求しうべき人的な損害についての金額は一一三万七六〇〇円ということになる(なお、右認定した物的な損害二万五〇〇〇円は、前記二で説示したとおり、被告琢也に対してのみ請求できるものである。)

2  弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告は被告らが損害賠償金の支払を任意に履行しなかつたので、やむなく弁護士たる本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その手数料及び報酬の支払を約束したことが認められる。

そして、本件事案の内容、審理経過、認容額(ただし、物的な損害額は少額であるので考慮外とする。)に照らすと、原告が被告らに負担せしめうる弁護士費用は一〇万円が相当である。

3  以上のとおりであるから、原告に対し、本件事故による損害賠償として、被告らは一二三万七六〇〇円の支払義務があり、また被告琢也はこの外に二万五〇〇〇円の支払義務がある。

五  結論

よつて、原告の本訴請求のうち、被告らに対し連帯して一二三万七六〇〇円及び弁護士費用を除く内金一一三万七六〇〇円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五八年二月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、及び被告琢也に対し二万五〇〇〇円及びこれに対する右同様の遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。なお仮執行免脱宣言の申立は相当でないから、これを却下する。

(裁判官 安藤宗之)

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